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2012年2月 1日 (水)

庚申塔(こうしんとう)

あっという間に1月が終わり

2月になってしまいました。

年度末は特に時が経つのが早いと感じますね。

話が変わり、先日、ご近所のYKさんから山の峰に

言わざる、見ざる、聞かざる

の三猿が彫られた野仏があると聞きました。

Dscf8797 早速

山を登り

峰の道を

歩いていくと

立派な野仏

を見つけました。

石には

青面金剛像と

三猿

が彫られて

ありました。

高さは

自分の

腰ぐらいまで

あります。

近づいて

三猿を見ると

Dscf8782 口を押さえている

言わざる

耳をふさぐ

聞かざる

そして

目を隠す

見ざる

が見事に彫られています。

金剛像の足元には

Dscf8781 オスとメスの

二羽の鶏

でしょうか?

それと

髪の毛を

つかまれた

子供の姿が

彫られていました。

そして足元には邪鬼らしき

姿もあります。

この庚申塔には享保六年という

年号が刻まれています。

享保六年は西暦で1721年です。

(8代将軍徳川吉宗が行った享保の改革の時代です!)

291年前に建立されたんですね。

約300年前この庚申塔は

どんな思いで建立したのでしょうか?

今では知るすべもありませんね。

そして、これだけ大きな庚申塔を

山の峰までよく上げたなと驚くばかりです。

今、この庚申塔にお参りに来ているのは

YKさんだけと聞きました。

昔は里の民から庚申様とあがめられていましたが

時代とともに忘られてしまいました。

また、庚申塔の近くには

古道が山の峰をぬうよう続いています。

きっと昔の人達はこの古道を通り

隣村や遠くの村に出かけていたのかなと思いますね。

庚申塔などの野仏については

ネットで調べて分かりましたので

詳しく知りたい方は上の野仏をクリックしてみてくださいね。

または庚申塔で調べると面白いですよ。

内田の風

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コメント

この庚申塔と今日アップした観音様の野仏は
近い場所に建っていました。
自分も見つけた時は
驚きとうれしさで一杯でした。
二つの石仏はちょうど
真ヶ谷と宿の境の峰にあり
近くには大きな木がありました。
どちらも昔あった大木は枯れてしまい
根の部分だけが残っていました。
そして昔の道がまだ残っています。
町会の人の話では昔この道を通って
永作に行ったと言ってました。
たぶん真ヶ谷からも通じる道が
あったのだと思いますよ。
内田の風

この庚申塔、弟が、30年以上前に撮った写真が出てきまして、確認に行く予定でしたが、健在なんですね。
写真には、もう一体、両手を合わせた仏像を刻んだものが写っており、盗難にあったと言う話も聞いた覚えがあるのですが、この庚申塔の先の、椎の森の大木の根元にあったものだったのかどうか、弟も覚えておりません。

私は、てっきりこの庚申塔が盗難にあったと思い込んでおりました。
また、写真では大きさがはっきりしませんでしたが、
腰まであるのでしたら、重くて簡単に動かせませんね。

ムジナ坂の登り口の馬頭観音塚、倒れずにあったのですが、30年前と位置が違っておりました。
どなたか倒れていたのを立て直したようです。

約300年前の庚申塔
と判って驚きました。
そして石が風化してないことも
すごいなと思いました。
たぶん山の中で木に囲まれていたので
風化が進まなかったのかと思います。
内田の風

すごいものがありますね
291年前か、すっげ~な!!

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