2012年2月 3日 (金)
2012年2月 2日 (木)
石仏
昨日の続きになりますが
庚申塔に向かう峰の峠に
倒れて
いました。
石には
観音様
でしょか
彫られています。
倒れたままでは可哀想と思い
土台に
乗せてあげました。
この石にも
年号が
刻まれて
いました。
近づいて見ると
読み取れます。
宝永は
1704年からです。
昨日の
享保よりも
15年程前の
年号です。
出来事では
富士山の
宝永大噴火ですかね。
(この噴火以来
富士山はこれまで噴火
してないということです。)
この観音様は富士山の大噴火を見たのでしょうか?
今、この石仏の存在を知る人も少なくなり
また石仏の由来を知る人もいなくなってしまいました。
建立した
村人の名前でしょうか
刻まれていました。
この石仏も
庚申塔なのでしょうか?
内田の風
2012年2月 1日 (水)
庚申塔(こうしんとう)
あっという間に1月が終わり
2月になってしまいました。
年度末は特に時が経つのが早いと感じますね。
話が変わり、先日、ご近所のYKさんから山の峰に
言わざる、見ざる、聞かざる
の三猿が彫られた野仏があると聞きました。
山を登り
峰の道を
歩いていくと
立派な野仏
を見つけました。
石には
青面金剛像と
三猿
が彫られて
ありました。
高さは
自分の
腰ぐらいまで
あります。
近づいて
三猿を見ると
言わざる
耳をふさぐ
聞かざる
そして
目を隠す
見ざる
が見事に彫られています。
金剛像の足元には
二羽の鶏
でしょうか?
それと
髪の毛を
つかまれた
子供の姿が
彫られていました。
そして足元には邪鬼らしき
姿もあります。
この庚申塔には享保六年という
年号が刻まれています。
享保六年は西暦で1721年です。
(8代将軍徳川吉宗が行った享保の改革の時代です!)
291年前に建立されたんですね。
約300年前この庚申塔は
どんな思いで建立したのでしょうか?
今では知るすべもありませんね。
そして、これだけ大きな庚申塔を
山の峰までよく上げたなと驚くばかりです。
今、この庚申塔にお参りに来ているのは
YKさんだけと聞きました。
昔は里の民から庚申様とあがめられていましたが
時代とともに忘られてしまいました。
また、庚申塔の近くには
古道が山の峰をぬうよう続いています。
きっと昔の人達はこの古道を通り
隣村や遠くの村に出かけていたのかなと思いますね。
庚申塔などの野仏については
ネットで調べて分かりましたので
詳しく知りたい方は上の野仏をクリックしてみてくださいね。
または庚申塔で調べると面白いですよ。
内田の風















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